元NHKアナウンサーとして数々のニュース番組を担当し、現在はフリーアナウンサーやタレントとして活動している登坂淳一さん。落ち着いた語り口と白髪が印象的で、「麿」の愛称でも親しまれてきました。
そんな登坂淳一さんについて気になるのが、出身高校や大学などの学歴です。調べてみると、高校は東京都新宿区にある保善高校、大学は法政大学経済学部を卒業していることが分かっています。
この記事では、登坂淳一さんの高校・大学をはじめ、出身小学校や中学校、偏差値、陸上部だった学生時代を詳しく解説します。大学時代に政治家事務所で働いていたエピソードや、NHKアナウンサーになるまでの流れも一つずつ見ていきましょう。
登坂淳一の学歴まとめ
登坂淳一さんの学歴は、次のように紹介されています。
- 小学校は板橋区立大谷口小学校
- 中学校は板橋区立上板橋第二中学校
- 高校は保善高等学校
- 大学は法政大学経済学部
- 最終学歴は法政大学卒業
高校と大学については、本人の出演番組やインタビューでも明らかになっています。
登坂淳一の学歴一覧
| 学校区分 | 学校名 | 補足 |
|---|---|---|
| 小学校 | 板橋区立大谷口小学校 | 小学3年生ごろに転入したと紹介されている |
| 中学校 | 板橋区立上板橋第二中学校 | 陸上競技部に所属 |
| 高校 | 保善高等学校 | 東京都新宿区にある私立男子校 |
| 大学 | 法政大学経済学部 | 多摩キャンパスに通学 |
| 最終学歴 | 法政大学卒業 | 卒業後の1997年にNHKへ入局 |
登坂淳一さんは東京都板橋区で育ち、公立の小学校と中学校を経て、私立の保善高校へ進学しました。
高校卒業後は法政大学経済学部へ進み、大学卒業後にNHKへ入局しています。放送部やアナウンス研究会で一直線にアナウンサーを目指した経歴ではないところも、登坂淳一さんの学歴の興味深い部分です。
登坂淳一のプロフィール
| 項目 | 内容 | 補足 |
| 名前 | 登坂淳一 | 読み方は「とさか・じゅんいち」 |
| 生年月日 | 1971年6月10日 | 公式プロフィールで公表 |
| 出身地 | 東京都 | 板橋区出身と紹介されている |
| 身長 | 171cm | 公開プロフィールで紹介 |
| 血液型 | O型 | 公開プロフィールで紹介 |
| 高校 | 保善高校 | 番組で母校を訪問 |
| 大学 | 法政大学経済学部 | 最終学歴 |
| 職業 | フリーアナウンサー | 元NHKアナウンサー |
| 所属 | ホリプロ | NHK退局後に所属 |
| 趣味 | カーリング | 公式プロフィールに記載 |
登坂淳一さんは1997年にNHKへ入局し、和歌山、大阪、東京、札幌、鹿児島などの放送局で勤務しました。
東京アナウンス室時代には「NHKニュースおはよう日本」や正午のニュース、国会中継などを担当しています。2018年にNHKを退局してからは、ニュース番組だけでなく、バラエティー番組やドラマなどにも出演しています。
登坂淳一の高校は保善高校
登坂淳一さんの出身高校は、東京都新宿区にある私立の保善高等学校です。
2021年に放送されたBSテレ東の番組「THE名門校 日本全国すごい学校名鑑」では、保善高校が登坂淳一さんの母校として紹介されました。登坂淳一さんも番組で母校を訪れ、高校時代を振り返っています。
- 保善高校は東京都新宿区にある私立男子校
- 高校時代は陸上競技部に所属
- 種目は短距離の100メートル
- 卒業後は法政大学へ進学
保善高校は東京都新宿区にある男子校
保善高校は、東京都新宿区大久保にある私立の男子高校です。
| 項目 | 内容 |
| 学校名 | 保善高等学校 |
| 読み方 | ほぜんこうとうがっこう |
| 所在地 | 東京都新宿区大久保 |
| 学校区分 | 私立高校 |
| 男女区分 | 男子校 |
| 課程 | 全日制普通科 |
保善高校は、勉強と部活動の両立を掲げている学校です。ラグビー部や陸上競技部、サッカー部などの運動部があり、スポーツ選手も多く輩出しています。
登坂淳一さんのほか、俳優の永山瑛太さん、作家の金城一紀さん、お笑いコンビ「はんにゃ.」の川島章良さんなども保善高校の出身者として知られています。
さまざまな分野で活躍する卒業生がいることからも、個性を伸ばす校風だったことがうかがえますね。
保善高校の偏差値はどのくらい?
保善高校の現在の偏差値は、選択するコースによって異なります。
高校情報サイトでは、おおむね50前後から60前後の範囲で紹介されることが多く、大学進学を目指す複数のコースが設けられています。
ただし、登坂淳一さんが在学していたのは1980年代後半です。現在とはコース編成や入試制度が異なるため、現在の偏差値をそのまま当時の学力に当てはめることはできません。
登坂淳一さんが法政大学経済学部へ進学していることを考えると、高校時代から大学進学を意識して勉強していたのでしょう。
中学・高校の6年間は陸上競技部に所属
登坂淳一さんは、中学校から高校までの6年間、陸上競技部に所属していました。
主に取り組んでいた種目は、短距離の100メートルです。ニュースを読む落ち着いた姿からは意外ですが、学生時代は運動部で汗を流していました。
登坂淳一さんは後年のインタビューで、陸上競技について、努力だけでは追いつけないほど能力の高い選手がいたと振り返っています。その経験から、自分の得意なことや立ち位置を客観的に見るようになったそうです。
学生時代に自分の強みと弱みを知った経験は、その後の進路選びにも影響したのかもしれません。こうした一面を知ると、登坂淳一さんの冷静な印象にも納得できますね。
高校卒業から32年後に母校を訪問
登坂淳一さんは2021年、「THE名門校 日本全国すごい学校名鑑」の収録で保善高校を訪れました。
番組では、登坂淳一さんにとって約32年ぶりの母校訪問と紹介されています。校内を歩きながら、陸上競技部に所属していた高校時代や、アナウンサーになるまでの原点を振り返りました。
登坂淳一さんが高校を卒業した正確な年月は、所属事務所のプロフィールには掲載されていません。ただし、1971年生まれであることから、一般的な進学時期であれば1990年ごろに高校を卒業した計算になります。
約32年ぶりという番組の説明とも、おおむね一致しています。
登坂淳一の大学は法政大学経済学部
登坂淳一さんの出身大学は、法政大学経済学部です。
法政大学は東京都内を中心に複数のキャンパスを持つ私立大学で、経済学部は東京都町田市の多摩キャンパスに置かれています。登坂淳一さんも、大学時代は多摩キャンパスへ通っていました。
- 最終学歴は法政大学経済学部卒業
- 大学時代は政治家事務所でアルバイト
- 入学時からアナウンサー志望だったわけではない
- 大学3年生の後半からアナウンスの勉強を始めた
法政大学経済学部の偏差値
法政大学経済学部の現在の偏差値は、入試方式や学科によって異なりますが、おおむね55前後から60前後で紹介されています。
法政大学は、早稲田大学や慶應義塾大学、明治大学などとともに、長い歴史を持つ東京都内の私立大学です。経済学部には経済学科、国際経済学科、現代ビジネス学科などがあります。
ただし、登坂淳一さんが入学した当時と現在では、入試方式や学科構成が変わっています。偏差値はあくまで現在の目安として見る必要があります。
登坂淳一さんは経済学部で学びながら、大学生活の多くを政治家事務所でのアルバイトに費やしていました。
大学4年間は政治家事務所でアルバイト
登坂淳一さんは、大学時代の4年間、政治家事務所でアルバイトをしていました。
仕事内容は電話対応や事務作業などで、ほぼ毎日のように事務所へ通っていたと語っています。一般的な大学生のアルバイトとは少し違い、社会人に近い環境で働いていたようです。
政治家事務所では、あいさつや電話の受け答え、相手に失礼のない言葉の選び方などを学びました。政治に関わる言葉は、わずかな表現の違いでも受け取られ方が変わります。
大学時代に身につけた言葉への意識は、後に政治ニュースや国会中継を担当する際にも役立ったのでしょう。現在の落ち着いた話し方につながる、かなり印象的な経験です。
大学入学時はアナウンサー志望ではなかった
登坂淳一さんは、法政大学へ入学した時点ではアナウンサーを目指していませんでした。
就職活動を始めるまでは、将来の夢や就きたい職業がはっきり決まっていなかったそうです。自動車が好きだったことから自動車メーカーを考えたり、音楽会社や通信会社などに興味を持ったりしていました。
また、テレビや広告が好きだったため、広告代理店でCMを作る仕事やコピーライターにも憧れていたといいます。
現在の登坂淳一さんを見ると、学生時代から一筋にアナウンサーを目指していたように感じますよね。実際には、就職活動をしながら自分の好きなことを考えた結果、テレビや言葉に関わる仕事へたどり着きました。
法政大学の自主マスコミ講座には所属していなかった
法政大学には、テレビ局や新聞社、出版社などのマスコミ業界を目指す学生が学ぶ「自主マスコミ講座」があります。
しかし、登坂淳一さんは自主マスコミ講座に所属していませんでした。アナウンス研究会や放送系のサークルにも所属せず、大学時代の中心は政治家事務所でのアルバイトだったといいます。
NHKへの内定が決まった後になって、自主マスコミ講座の学生から声をかけられるようになったそうです。
マスコミ業界への特別な準備を長年していたわけではない登坂淳一さんが、NHKのアナウンサー試験に合格したことは驚きですよね。
大学3年生の後半からアナウンスを学んだ
登坂淳一さんが本格的にアナウンサーの勉強を始めたのは、大学3年生の後半ごろです。
知人から就職活動の面接練習にもなると勧められ、NHKが開いていた就職活動向けのスクールへ約3か月間通いました。そこで初めてニュース原稿の読み方を学び、現役アナウンサーから指導を受けています。
登坂淳一さんは、アナウンススクールに長期間通っていた受験者と比べ、技術面では自信がなかったと振り返っています。
そこで重視したのが、ニュースに書かれている言葉の意味を一つずつ考えながら読むことでした。技術だけではなく、伝えようとする姿勢がNHKの採用担当者に評価されたのかもしれません。
浪人や留年をしていた?
登坂淳一さんが浪人や留年を経験したのかは、公表されていません。
登坂淳一さんは1971年生まれで、NHKへ入局したのは1997年です。年齢と入局年だけを見ると、一般的な大学卒業時期より遅く見えるため、浪人や留年をしていたのではないかという情報もあります。
一方で、本人は大学時代について「4年間、政治家事務所でアルバイトをしていた」と語っています。また、NHKから内定を得た時期についても、大学4年生の時だったと説明しています。
大学の入学年や卒業年、受験回数は明らかになっていません。そのため、何年間浪人した、あるいは留年したといった具体的な情報は確認できません。
確実に分かっているのは、法政大学経済学部を卒業し、1997年にNHKへ入局したことです。
登坂淳一の小学校と中学校
登坂淳一さんは東京都板橋区出身で、小学校と中学校も板橋区内の公立校に通っていたと紹介されています。
出身小学校は板橋区立大谷口小学校、出身中学校は板橋区立上板橋第二中学校です。ただし、小学校と中学校については、所属事務所の公式プロフィールには掲載されていません。
- 小学校は板橋区立大谷口小学校
- 中学校は板橋区立上板橋第二中学校
- 小学生時代は少年野球を経験
- 中学生から陸上競技を始めた
小学校は板橋区立大谷口小学校
登坂淳一さんの出身小学校として紹介されているのは、板橋区立大谷口小学校です。
父親の仕事の関係で、幼少期には青森県や宮城県仙台市で暮らした時期があり、小学3年生ごろに大谷口小学校へ転入したとされています。
小学生の頃には少年野球をしていました。また、仕事で忙しい父親に、新聞やテレビで見た野球の試合を実況風に伝えることもあったそうです。
登坂淳一さんにとっては、父親と会話をするための何げない行動でした。しかし、父親が実況を喜んで聞いてくれたことが、後に「言葉で何かを伝える仕事」を考える原点になりました。
小学生時代の親子の会話が、NHKアナウンサーへの道につながったと考えると、かなりドラマチックな話ですよね。
中学校は板橋区立上板橋第二中学校
登坂淳一さんの出身中学校として紹介されているのは、板橋区立上板橋第二中学校です。
中学校では陸上競技部に入り、短距離走を始めました。高校へ進学した後も陸上競技部に所属しているため、合計6年間にわたって陸上を続けたことになります。
全国大会などの目立った競技成績は公表されていませんが、登坂淳一さんにとって陸上競技は、自分自身を客観的に見るきっかけになりました。
自分より速い選手と競い、努力だけでは埋められない差があることを知った経験は、得意な分野を探すきっかけにもなったのでしょう。
祖母から声を褒められていた
登坂淳一さんの祖母は民謡の先生をしており、幼い登坂淳一さんの声をよく褒めていたそうです。
「声が良い」「よく響く」と言われた経験が、声に対する最初の自信になりました。さらに、父親に野球の試合を実況して喜んでもらったことで、声と言葉を使って伝える楽しさを知ります。
ただし、その時点でアナウンサーを目指していたわけではありません。就職活動を始めて自分の進路を考えた時に、祖母や父親との思い出を振り返り、アナウンサーという仕事を意識するようになりました。
登坂淳一さんの学歴をたどると、幼少期から大学時代までの経験が、少しずつ現在の仕事につながっていることが分かります。
法政大学卒業後は1997年にNHKへ入局
登坂淳一さんは法政大学経済学部を卒業後、1997年にNHKへ入局しました。
最初の赴任先はNHK和歌山放送局です。その後、大阪放送局や東京アナウンス室、札幌放送局、鹿児島放送局などで勤務しました。
- 1997年にNHKへ入局
- 初任地は和歌山放送局
- 東京では全国ニュースを担当
- 2018年にNHKを退局
- 現在はホリプロ所属のフリーアナウンサー
初任地はNHK和歌山放送局
登坂淳一さんがNHKへ入局して最初に赴任したのは、和歌山放送局でした。
新人時代にはアナウンサーの仕事だけでなく、NHKの受信料に関する営業研修も経験しています。訪問先で話される和歌山の方言が分からず、苦労したこともあったそうです。
和歌山放送局時代には、事件や災害などの現場取材にも携わりました。原稿を読むだけではなく、取材相手から話を聞き、情報を正確に伝える経験を積んでいます。
大学時代に政治家事務所で学んだ言葉遣いや人との接し方も、現場取材で役立ったのではないでしょうか。
東京アナウンス室で全国的に知られる存在に
登坂淳一さんは2003年に東京アナウンス室へ異動し、全国放送のニュースを担当するようになりました。
「NHKニュースおはよう日本」や正午のニュース、国会中継などに出演し、落ち着いた読み方と端正な雰囲気で注目を集めます。
徐々に白くなっていった髪も話題になり、インターネット上では公家を思わせる雰囲気から「麿」と呼ばれるようになりました。
学生時代からアナウンス技術を磨いてきた経歴ではなくても、言葉の意味を考えて丁寧に伝える姿勢によって、全国的に知られるアナウンサーになったのです。
2018年にNHKを退局してフリーへ
登坂淳一さんは、鹿児島放送局での勤務を最後に、2018年1月にNHKを退局しました。
退局後はホリプロに所属し、フリーアナウンサーとして活動しています。ニュースや情報番組だけでなく、バラエティー番組、ドラマ、YouTubeなどにも出演するようになりました。
NHK時代の真面目で落ち着いた印象とは違い、フリー転身後は親しみやすい性格やユーモアのある一面も見せています。
大学時代には明確な将来の夢がなかった登坂淳一さんですが、現在も新しい仕事に挑戦し続けています。学歴だけでは分からない行動力も、登坂淳一さんの魅力と言えそうです。
登坂淳一の学歴まとめ
- 登坂淳一さんの出身高校は東京都新宿区の保善高校
- 保善高校は私立の男子校で、スポーツ活動も盛ん
- 中学から高校までの6年間は陸上競技部に所属していた
- 陸上競技では短距離の100メートルに取り組んでいた
- 最終学歴は法政大学経済学部卒業
- 大学時代は東京都町田市の多摩キャンパスに通っていた
- 大学4年間は政治家事務所でアルバイトをしていた
- 大学入学時からアナウンサー志望だったわけではない
- 大学3年生の後半からニュース原稿の読み方を学び始めた
- 浪人や留年の有無、大学の入学年と卒業年は公表されていない
- 法政大学卒業後の1997年にNHKへ入局した
- 2018年にNHKを退局し、現在はフリーアナウンサーとして活動している
登坂淳一さんの学歴は、保善高校から法政大学経済学部という経歴です。
ただし、登坂淳一さんをNHKアナウンサーへ導いたのは、有名な学校を卒業したことだけではありません。陸上競技で自分を客観的に見た経験、政治家事務所で学んだ言葉遣い、父親へ野球を実況した幼少期の思い出が、現在の仕事につながっています。
学生時代には明確な夢がなかった登坂淳一さんが、後に多くの人へニュースを届ける存在になった歩みは印象的です。フリー転身後も新しい分野へ挑戦している登坂淳一さんの活動に、今後も注目が集まりそうですね。













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